【その13】

株式会社カネモト
販売環境の変革を
素早くキャッチ
小売から卸売にシフトし
商いの年輪を着実に刻む
明治18年(1885)創業
〒030-0903 青森市栄町2丁目11−1
TEL017-741-9510 FAX017-741-2881

「カネモト」の社名は知らなくても、“瀬戸物の大坂屋”で青森市民には馴染みがある。創業は明治18年。県都のメインストリート新町通りに店舗を構えて118年になる。
 卸部門を強化するため創業の地の新町店を小売部にし、昭和55年に青森市栄町に営業部社屋を建て、平成5年に本社を移転した。
 社長の野澤正樹さん(55)は4代目。昭和52年に、先代の大坂元助さんの長女・泰子さん(現常務)と結婚して経営を引き継いだ。もっとも、野澤社長が言うには、4代目は泰子さんだという。野澤社長の論によると、家督を継ぐことは商売を継ぐ以上に生易しいことではない。泰子さんは、弟が医学の道を選び、妹の意思も尊重して、早くから家業を継ぐ決意を固めたという。


■老舗を継ぐことは“商い”と“家”を継承すること

「店を手伝っているうち、物を売ることの面白さと手ごたえを知った。中学生のころ、商売が好きだと思うようになっていた。暖簾(のれん)を守るという使命感はなかったが、店を継いでもいいと考えた」と泰子さん。当然のように大学は商学部に進学し、卒業とともに帰郷して本格的に家業に携わった。
「老舗を守るということは、あきんどの立場で商売に励むだけでなく、家族の中で(家の)後継者をどのようにして見出すかだ」。野澤社長は、老舗店がシャッターを下ろす原因の筆頭に後継者難を挙げ、泰子さんが家業と家督を継いだ決断に頭が下がる思いを伝えた。泰子さんの背中を見て育った2女(26)も、5代目を継ぐ意志を示していて、野澤さんの期待を担っている。

 

 初代は泰子さんの曾祖父に当たる大坂元吉さんで、陶磁器・雑貨販売業の「大坂元吉商店」を創業した。創業時から屋号が“かね元(もと)”だったため、3代目の先代が昭和33年の法人化を機に「カネモト陶器店」と改称した。しかし、その後郊外に大型店が進出した影響で新町通りが衰退し、売り上げが落ち込んだ。このため小売りから卸売りにシフトを強め、問屋として専門化を狙った。北海道全域と東北各県に業績を伸ばし、現在は売上額の8割が卸部門で占められている。大手スーパーやホームセンターとの取引も増えているという。

■食器も人も“うつわ”に通じる

 小売りの新町店舗は昭和63年に「うつわのみせ大坂屋」と改称してリニューアル。さらに平成9年には増改築して日用食器からインテリア小物まで、手頃価格から高価なものまでアイテムを増やした。新町店舗を「器の文化の発信基地にしたい」が野澤社長の描いている次の販売戦略である。「ここに来れば、何か楽しい物に出合える店、お客様のニーズを感じ取ることが出来る店を目指している。商売はお客様に、いい情報と、いい条件を提供することだ。このためにアンテナショップとしての機能を高めていく努力を続けている」と話す。
「うつわのみせ」に改称したこだわりを野澤社長はこう強調する。「器は食器が主ではない。人も器であり、売る側の人の器量が試される。器を大事にしてきたのが日本の生活文化。だからこそ、こだわっていきたい」。


 新町通りで創業から百年以上の老舗は片手で数えられるしかなくなった。中心商店街の停滞に野澤社長は「商売が陳腐になって商品に魅力がない。客足が遠のいた原因を素直に認めて、苦境を乗り越えなければ」と直言する。官公庁の休日には駐車場を開放してもらう、共同店舗にして魅力ある集客空間を作る──などを提言する。自らの新町店舗では、この界隈では初めて新町通りと裏通りが通り抜け出来るよう店舗裏に入口を設けて利便性が高い店舗を作った。「経営は常に革新的でなければ」の実行と継続が、商いの年輪を刻み続ける老舗の経営指針だ。


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