【その12】

森田麹・味噌店
(もりたこうじ・みそてん)
伝統の味をなくせない−と
サラリーマンを辞め一念発起
“めおと暖簾”で老舗の
ポリシーと技、味を次代に
明治20年(1887)創業
〒039-0802 三戸郡南部町苫米地字下宿21
TEL0178-84-2643 FAX0178-84-3270

 みそ汁に魅せられ、奥さんの実家の家業を継いだ。店主の小田桐友彦さん(53)は旅行会社に勤めて長い間添乗員として全国を回った。「うまいみそには出合わなかった。家内の実家のみその味は日本一だと常々感じていた」と称賛しながら「伝統の味をなくしたくない。何よりも百年以上続いた店の看板を簡単におろすわけにいかないと思った」と、脱サラして5代目を継いだ動機を語った。
 「結婚した当時は考えなかったが、老いた父を見て10年ほど前から何となく暖簾(のれん)を守らなければと思うようになった。ウチの人が店を継ぐと言ってくれた時は、本当にありがたかった」。幸子さん(50)は、作業の手を休めて傍らの友彦さんに感謝の気持ちを伝えた。

■創業時から米は地元産、大豆は国産

 友彦さんは弘前生まれ。八戸支店に転勤し、同じ職場の幸子さんと知り合った。幾度か幸子さんの実家に足を運んでいたが、ある日、先代の森田亮一さんがポツリと言った。
 「体がきつくなった。継いでくれないか」
 幸子さんは結婚後の時々、家業を手伝っていた。友彦さんも、見よう見まねで少しずつ製法を習得し、麹(こうじ)、みそ作りに興味がわいてきた時期だったという。
 

 「自分で出来ることなら─」と継ぐ決意をし、10年前に退社したものの、明治20年の創業以来、119年にわたって受け継がれてきた味を守っていく難しさを実感した。3年前に73歳で他界した亮一さんに伝統の製法を徹底してたたき込まれたという。
 昔から、その土地で取れた原料を使って風土に合ったみそが作られていた。創業時から米は地元産、大豆は国産を使用し、頑固なまでに守り通している。「輸入物は絶対に使うな」と厳しく教えられた。
 麹は毎週1回、年間を通して製造している。季節ごとの気温に注意し、温度を一定に保つ管理が難しいという。創業以来、京都から取り寄せた麹菌を使い、独自の製法によって発酵と甘みが強い麹を製造している。
 みそも年中仕込んでいる。市販の大半が寒仕込みなのは、水によって悪くなる暖かい時期を避けるため。森田ではポンプで汲み上げた流水で作業している。甘みを出すため、塩加減は麹の量で調整する。
 農家が米、大豆を持参して加工してもらえる昔からの慣習も大切にしている。
 すべて直販のみ。発酵促進剤や発酵止めなど添加物を一切使わず、熱処理をしない自然熟成で販売しているためで、この姿勢はこれからも守っていきたい、という。手間をかけ、じっくりと手作業で仕上げる麹、みそ作りを後継者にも伝えていきたいと話す。

■「森田」ならではの“仕込みみそ”に固定ファン

 買ってすぐに食べるお客様には1年半以上熟成したものを販売しているが、熟成前の半製品も“仕込みみそ”として売っているのがセールスポイントの一つ。お客様が、自宅で好みの味になるまでじっくり熟成させる楽しみがある。仕込みみそはリピーターが多く、毎週月曜日に40個(10キロ入り)以上を配達している。県外は首都圏が多く大坂、岡山にも発送している。麹の注文は健康志向の高まりと甘酒ブームで若者の間で増え、九州からも舞い込む。特製レシピを付けて発送している。

 商工会のインターネットを活用して県外顧客は増えている。顧客リストでは8百件以上に上っているが「夫婦2人で作っている状態では、伝統の味を守りつつ量を増やすのに限界がある」と需要に応えられないのがネック。ネット販売で森田の麹、みそを全国の消費者に広めたい思いとの狭間で悩んでいる。
 大火に巻き込まれての焼失など幾多のピンチを切り抜けて1世紀余り。後継者の心配はなさそうだ。「ここでしか作れない味を守っている」と語る友彦さん。「それぐらい自信がなければ、退社してまで家業を継いでくれる気持ちにならなかったと思います」と支えている幸子さん。
 “めおと暖簾”で老舗のポリシーと技、味を次代に伝えている。


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